トップアスリートの
キャリアの重ね方
野球界、競馬界を代表するアスリート
による新春対談
- 野球田中将大選手
- 競馬藤田菜七子騎手
netkeiba.com20周年スペシャルインタビュー!MLBの名門ニューヨーク・ヤンキースに所属し日本人投手初となる6年連続2桁勝利を達成した田中将大選手と2019年に史上初の女性騎手によるJRA重賞制覇を果たした藤田菜七子騎手による新春対談!
野球界、競馬界を代表するアスリートのお二人に「トップアスリートのキャリアの重ね方」をテーマにお話を伺いました。
(インタビュー=不破 由妃子、撮影=渡辺 達生)
田中将大選手と藤田菜七子騎手による対談
INTERVIEW
-
- ──2019年の菜七子騎手といえば、GI初騎乗に始まり、カペラSでの重賞初制覇、中央・地方通算100勝達成、新潟の年間リーディングに輝くなど、女性騎手として次々と記録を打ち立てた一年でした。田中投手は海外に住んでいらっしゃいますが、その活躍は届いていましたか?
- 田中将大選手(以下、田中):もちろんです。ニュースを見ながら、すごい活躍だなと思っていました。ご本人がどう思われているのかわかりませんが、菜七子騎手にとって飛躍の年になったんじゃないかなって。
- 藤田菜七子騎手(以下、菜七子):ありがとうございます。とにかくいろいろな経験をさせていただいた一年でしたし、そのなかで自信につながるようなことがたくさんありました。2019年という年を経たことで、だいぶ自信を持って乗れるようになった気がします。重賞を勝たせていただいたこともそうですし、開催リーディングも100勝も、デビュー当初は考えられなかったことなので…。今、すごく充実しているなというのは感じています。
- ──田中投手にとって、2019年はどんな年でしたか?
- 田中:僕にとっては、満足できることが何もなかった一年です。悔しさしか残らなかったですね。
- ──日本人のメジャーリーガーとして、6年連続2ケタ勝利という大きな記録達成もありましたが。
- 田中:日本人初ということで、その記録に関してはうれしかったです。でも、自分がチームやファンから求められているのは、チームがチャンピオンになるために貢献することだと思うので。そういう意味では不安定なシーズンでしたし、何もいいことがなかったシーズンだったなと。
- ──今日の対談の大きなテーマは、「トップアスリートのキャリアの重ね方」。田中投手は、これまでも一年一年、先ほどの発言のようにご自身に厳しい評価を下しながら、その都度課題を見つけてキャリアを積み重ねてこられた?
- 田中:一年一年というより、毎日の調整も含めた目の前の一戦一戦ですね。自分は今、何をすべきか、何をすることが大事なのかを常に考えながらやってきたので。だから僕は、長期的なプランは持たないタイプです。
- 菜七子:私もプランを立てて進んできたというよりも、目の前のことをただがむしゃらにやってきたというほうが近いです。一年後、自分がどうなっているかは想像ができないですし。
- 田中:日々の課題は、あえて見つけようと思わなくても出てきますしね(笑)。
- 菜七子:おっしゃる通りです(笑)。
- ──求めているものが、ものすごく高い位置にある証拠ですね。
- 田中:そうですね。やるからには、高いところを見て進んでいかないと。そうじゃないと向上は絶対にあり得ないし、「もういいや」と思うようになったら、それは辞めるとき。少なくとも自分は、今まで満足というのを感じたことはありません。もっと上がある、もっと自分はできると常に思ってますから。
- 菜七子:すごく勉強になります。
- 田中:いえいえ(笑)。
- 菜七子:今まで私も「次の1勝を目指して、一鞍一鞍大事に乗る」というスタンスでやってきたんですけど、大きい目標というか、長期的な目標があったほうがいいのかなって考えた時期もあって。でも今、田中投手のお話を聞いて、自分の考え方は合っていたのかなって思えました。
-
- ──これからのキャリアにつながる最高の答え合わせになりましたね。さて、おふたりの共通点といえば、10代でプロになり、当時からものすごい注目を集めていたこと。そこがキャリアのスタートとも言えますが、やはり苦悩はありましたか?
- 田中:甲子園のときにマスコミの方たちに取り上げてもらったことで、プロに入った時点で認知はしていただいていたので、それはありがたい部分はありましたけど…。もちろんいい声ばかりではなくて、「一年目から無理だよ」とか、いろんな声が聞こえてきましたね。
- 菜七子:私も認知していただけることはありがたかったんですけど、田中投手と違って、何の実績も残していなかった。全然上手く乗れなかったし、ただデビューしただけで注目されてしまって…。とくに1年目は、自分でもどうしたらいいのかわからなかったです。もちろん“女性騎手”ということで、注目を集めることは自分でもわかっていたんですけどね。
- 田中:結局、そういうことって、自分でコントロールできないことじゃないですか。当時はそうは思えませんでしたけど、何年もプロとしてやってきたなかで、自分でコントロールできることとできないことがあるなって思ったんです。自分でコントロールできることであれば、自分が動いて、自分で切り開いていけばいい。僕だったら目の前の試合を勝つため、菜七子騎手だったら、そのレースを勝つためにアプローチしていく。それでいいんじゃないかと思うんですよね。そうすれば、ネガティヴな声は減っていくと思うし。
- 菜七子:私も、どうしたらいいんだろう…ってすごく悩んだ時期もあったんですけど、途中で「結果を残していくしかない」ということに気付きました。気づいてからは、そこまで気にすることもなくなって。今でも取材とかはちょっと苦手ですけど(苦笑)、デビュー当初よりは対応できるようになったかなと思います。
- 田中:どんなにいい選手でも、賛否は絶対についてきますからね。
- ──そうですよね。藤岡佑介騎手が話していたのですが、菜七子騎手に対する賛否でいうと、「最初はどんな結果でも『菜七子ちゃん、頑張ったね』っていう声ばかりだったけど、最近はちゃんと叩かれるようになった。それはもう、みんなが一人前のジョッキーとして認めている証拠だ」と。
- 田中:それは絶対にそうですよ。
- 菜七子:ありがたいですね。男性とか女性とか関係なく、一人のジョッキーとして認めてもらうことを目標に頑張っているので。だから、そう言っていただけるのは、すごくうれしいです。
まぁ叩かれたら傷つきますけど(笑)。
- ──ちなみに、このご時世、エゴサーチとかしますか?
- 田中:僕はしますね。好き勝手なことを言ってるなぁと思う反面、面白いなと思って。ヤフコメとかに書き込む人って、文章にセンスがあるから。
- 菜七子:そうなんですか(笑)? 私はエゴサーチはしません。怖くてできない…。
- 田中:じゃあ、今度僕が代わりにしておきます(笑)。
- 菜七子:アハハハ!(笑)
- 田中:アメリカはもっと厳しいですからね。とくにヤンキースは、全米のなかでも番記者の数が圧倒的に多くて、ファンも厳しいです。少しでも悪い期間が続いたりすると、マスコミからファンから袋叩きですよ。そのぶん、大事な試合で勝ったりすれば、称賛のされ方もすごいものがありますけどね。
- 菜七子:袋叩きなんて、ちょっと耐えられないかもしれない…(苦笑)。でも、キャリアを積む上で、それを乗り越えていくことも大事な仕事なのかもしれませんね。
- (後編に続く)
-
- ──ニューヨーク・ヤンキースのコーチを務めたラリー・ロスチャイルド氏曰く、「田中は自分自身のことを良く理解している」と。自分を客観視できることはトップアスリートになるための条件のようにも思いますが、そういった視点はどのように培われていったのでしょうか。
- 田中:いつからだろう…。もちろん最初はできなかったです。それもやっぱり経験なのかなぁ。練習でも試合でも、毎日いろんなことが起きますよね。その都度、自分が向上するためにどうするべきかいろいろ考えて…。
- ──適切な答えを導き出すには、自分を知っている必要がありますね。
- 田中:そう思います。そうじゃないと、ステップアップはできませんからね。どんな経験であっても、ただボーッとしているだけでは積み重なっていかないので。
- ──メジャーリーグにも、ボーッとしている選手がいるんですか?
- 田中:いますよ(笑)。あとは、自分のためになることはないか、自分に合うものはないかと常にアンテナを張り巡らせて、いろいろ試してみること。それは昔から変わらないですね。
- 菜七子:自分を客観視かぁ、私はどうなんだろう…。
- 田中:できていると思いますよ。今日のお話のなかでも、デビュー当時を振り返って「周りは騒いでいるけど、自分はまだ何も実績がないのに…」と、しっかり自分の立場をわかっていたし。注目を集めたことで、「俺は人気者だ、俺はやれるんだ!」って思ってしまう人もいるでしょうからね。今日お話していて、自分のことをちゃんと客観視できているからこそ、こうやって着実にステップアップして活躍されているんだなぁって思いました。
- 菜七子:ありがとうございます。
- 田中:自分を客観視できるかどうかは本当に大事なこと。トッププレーヤーたちは、みんなその目を持っていると思います。
- ──田中投手の発言のなかで、「これだけは変えられないという軸がないと絶対にダメ」という言葉が印象に残っています。田中投手にとって絶対軸とは?
- 田中:絶対に相手を上回ってやろうという気持ちだったり、ピッチングの感覚だったり。プロに入る時点で、ある程度「自分はこういうピッチャーだ」という軸があったので。
- ──その絶対軸の有無は、キャリアにどう影響を及ぼしますか?
- 田中:プロに入ると、たくさんの指導者の方から「こうしてみたらどうだ、ああしてみたらどうだ」って言われるんですけど、軸がない人は、それを全部聞いて全部取り入れようとするんです。結局、自分の軸がないから、いざ試してダメだってなったときに戻れないんですよね。
- 菜七子:ああ、なるほど。
- 田中:本当にいろんなアドバイスを受けるので。そんななかでも自分の軸があれば、これはちょっと自分には合わないなと思ったときに、その軸に戻れると思うんです。
-
- ──菜七子騎手も共感できるところがあるのでは?
- 菜七子:そうですね。ただ、今の自分に軸があるかと言われたら…。まだ見つけられていないのかもしれません。だからこそ、すごく勉強になりました。いろいろ試しながらも、「戻れる軸を見つける」。本当になるほどなと思ったし、ひとつの目標になりました。その軸っていうのは、キャリアを重ねるなかで変化してもいいものですか?
- 田中:いろいろ経験を積むなかで多少の変化はあるかもしれないけど、僕の場合、幹となる部分は変わってないかな。まぁそこに枝葉がついて…という変化はあると思いますけど。
- ──田中投手は、発言や言葉のひとつひとつにしっかりとした“軸”がありますよね。トップアスリートたる所以を垣間見た気がします。続いてお聞きしたいのは、それぞれに思う「現在地」。どう捉えていらっしゃいますか?
- 田中:もう31歳になって、プロとして13年目のシーズンが終わった今、プロ野球選手の平均キャリアを考えたら、もうベテランの域なんですよね。だから、自分に残されたプロ野球選手としての時間は、そんなに多くはないんだろうなと思っています。だから、現在地としては、どんどん終わりに近づいていっているというか。もちろん、まだまだという気持ちでいますけどね。
- ──ジョッキーで31歳といったら、やっと中堅に入ったかな…というところですけどね。
- 菜七子:そこは競技としての選手寿命が違いますからね。私自身は、まだまだ若手なんですけど、いつまでも“新人”だと思っていたら、気づけばもう4年目が終わって。後輩も続々と活躍し始めて、自分でも現在地がわからないです(苦笑)。新人だと思っていた現在地が、気づいたらちょっと進んでいた感じで。
- 田中:着々と進んできたように見えますけどね。
- 菜七子:ん~、自分で歩いてきたというよりは、なんかスーッと…。
- 田中:スーッと!?
- 菜七子:なんていうのか、「動く歩道」に乗ってここまできてしまった気がします(笑)。だから、これからは自分の足で歩いているという実感を持ちながら、キャリアを重ねていきたいです。今後、騎手として岐路に立たされることがあっても、とにかく後悔のない選択をしていきたい。迷ったら積極的な道を選んで、後悔のないように。
- 田中:そこは僕も同じです。2020年は、ヤンキースとの7年契約の最後の年なんです。契約事なので、自分でも「どうなるんだろう?」っていう感じなんですけど(笑)、ヤンキースで戦えるのも最後かもしれないので、とにかく悔いのないように。まぁその後の選択肢を増やせるかどうかも自分次第ですから。とにかくいい仕事をしていくこと。それだけですね。菜七子騎手の2020年のビジョンは?
- 菜七子:目標はこれまでと変わらず、「次の1勝をすること」。今日、田中投手とお話して気持ちが固まりました。もちろん、去年以上に勝ちたいし、重賞などの大きなレースも勝ちたいと思っています。大きなビジョンとしては、やっぱり信頼されるジョッキーになりたいというのが一番です。田中投手、今日は本当に勉強になりました。ありがとうございました。
PROFILE
-
- 田中将大 選手Masahiro Tanaka
- 1988年11月1日生まれ。駒澤大学附属苫小牧高校の2年生時に第87回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)へ出場し、同校の大会2連覇に貢献。2006年のドラフト会議で4球団抽選の末、東北楽天ゴールデンイーグルスが交渉権を獲得し入団。ルーキーイヤーでいきなり11勝を挙げ新人王に輝く。2013年には開幕から24連勝を記録するなどチームを牽引し、同球団初のリーグ優勝、日本一に導く。2014年から活躍の場をメジャーリーグに移し、ニューヨーク・ヤンキースに入団。1年目から二桁勝利をマークし、2015年には名門ヤンキースの歴史上、日本人として初めての開幕投手を務めた。2019年には日本人投手初となる6年連続2桁勝利を達成した。
- プロフィールを見る
- 閉じる
-
- 藤田菜七子 騎手Nanako Fujita
- 1997年8月9日生まれ。2013年に競馬学校第32期生として入学。2016年に騎手免許を取得。同年の3月24日浦和競馬第3競走でアスキーコードに騎乗し初勝利。2017年には年間14勝をあげ、JRA女性騎手の年間最多勝利記録を更新。2018年には通算勝利数を35とし、JRA女性騎手最多勝記録を更新した。2019年は、フェブラリーSでJRA所属女性騎手として初めてGIに騎乗(コパノキッキング5着)。6月にスウェーデンで開催された「ウィメンジョッキーズワールドカップ」では2勝2着1回の成績を残し優勝。10月の東京盃ではコパノキッキングとのコンビで優勝し重賞初制覇。同コンビでは、12月のカペラSも優勝しJRA所属の女性騎手としては史上初の中央重賞制覇を達成した。
- プロフィールを見る
- 閉じる
PRESENT